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大阪地方裁判所 昭和35年(行)45号 判決

原告 株式会社 近藤作太商店

被告 大阪国税局長

訴訟代理人 藤井俊彦 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は請求の趣旨として「昭和三四年度(訴状の請求の趣旨欄に「昭和三五年度」とあるのは昭和三四年度の誤記と認める)源泉徴収所得税の年末調整に関する原告の審査請求に対して、被告のした請求棄却の決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

原告はその雇人である訴外中丸義昭が昭和三四年一〇月八日結婚し(昭和三五年四月一二日に婚姻届出)、扶養家族を得たことを原因とする年末調整として、源泉徴収所得税の過納分三、五一〇円の還付承認を所轄税務署長に求めたが拒絶されたので、被告に対して審査の請求をした。しかしこれは棄却され、原告は昭和三五年八月一四日その通知を受けた。被告の棄却の理由は、戸籍法に定める婚姻届を了らない配偶者は事実上配偶者として扶養されている場合でも、所得税法第八条にいう扶養親族とは認められないというにあるが、右は法令の解釈を誤つており、従つて被告のした前決定は違法であるから、その取消を求める。

被告は主文と同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

阿倍野税務署長が昭和三五年五月一四日原告の源泉徴収所得税額(昭和三四年年末調整誤びゆうによる不足額)を一、六〇〇円とする決定処分をしたことに対して、原告は同年五月二四日再調査請求をした。同署長は再調査の結果、同年六月九日これを棄却した。僚告はきらに同月二七日被告に審査の請求をしたので、被告は審査の結果、同年八月一二日原告主張の理由をもつてこれを棄却したのである。訴外中丸が昭和三四年一〇月八日事実上の婚姻をし、配偶者を得たとの原告主張事実は認めるが、所得税法上扶養親族とされる配偶者は、各年の一二月三一日現在婚姻届を了している者に限られるのであるから、昭和三四年一二月三一日には婚姻の届出のされていない訴外中丸の配偶者を目して、扶養親族に当らないとした被告の前処分はもとより適法である。

証拠〈省略〉

理由

原告の雇人である訴外中丸義昭が昭和三四年一〇月八日結婚したこと、同年一二月三一日現在婚姻届のされていなかつたこと、ならびに原告の審査の請求に対し、被告が婚姻届を了していない配偶者は所得税法第八条にいう扶養親族とは認められないとの理由をもつて、右請求を棄却したことは当事者間に争いがない。よつて結婚により夫婦として共同生活をしているが婚姻届をしていないいわゆる内縁の配偶者につき、同条による扶養控除が認められるか否かを判断することとする。

扶養控除の制度は納税義務者の個人的事情を斟酌して、できるだけ税負担をその負担能力に合致させようという趣旨にでているものと解せられる。納税義務者が所得を同じくする場合には、扶養家族のない者とこれのある者、又は扶養家族の少ない者と多い者とでは、それぞれの担税力に差異があるからである。従つてこの制度では、納税義務者の現実生活における扶養の実体を把握することが重要である。ところで、いわゆる内縁は男女が相協力して夫婦としての生活を営む結合である点においては、婚姻関係と異るものではなく、内縁の当事者は夫婦として互に、同居、協力、扶助の義務を有するものと解すべきである(最高昭和三三年四月一一日判決参照)。このように考えると、法律上の配偶者も内縁の配偶者も、ともに現実生活において扶養義務に基き扶養される者であるという点では差異はないから、内縁の配偶者のある納税義務者にも扶養控除を認めることに合理性はある。扶養控除の対象を婚姻した配偶者に限定したとしても、婚姻の届出をすることによりその利益を受けることができる。しかし、そのことの故を以て、内縁の配偶者につき扶養控除を否定すべきではない。婚姻の届出は、当事者双方によりなされるべく、扶養控除を欲する納税義務者が単独でなし得るところでない。内縁の存在は古来の慣習その他種々の複雑なる事情に基くものであつて民法が法律婚主義を採用している以上は免れ難いところである。されば、学説判例も立法(各種の社会立法、給与法等)も、この現実を肯定し、内縁関係にも婚姻関係と同様の保護を与えるべく、努力が続けられているのである。そして、税法上内縁の配偶者を法律上の配偶者と同一に取扱うことは、決して民法が法律婚主義を採用した趣旨に反するものではない。

そこで、内縁の配偶者のある納税義務者に扶養控除を認めることが、他の納税義務者との関係で、又は徴税事務との関係でなんらかの不都合を生じないかを考えてみる。所得税額は法律の定める税率によつて各納税義務者毎に計算されるのであるから、内縁の配偶者のある納税義務者に扶養控除を認めたとしても、他の納税義務者に不利益をもたらすいわれはない。問題は徴税事務に重大な支障を来たしはしないかの点である。もし徴税機関が内縁関係(いかなる男女間の関係を指すかは学説、判例又は健康保険法等の各条項により、容易に判明するところである。)の発生日時を確定しなければならないとすると、その認定は非常に困難である。この点が問題の大部分である。しかし所得税法第八条第七項により扶養親族であるかどうかは毎年の一二月三一日の現況によるのであるから、徴税機関が右発生日時を確定する必要はない。そうすると、あとは申告書に記載ある場合に一二月三一日現在において、納税義務者と生計を一にする者が、内縁の配偶者であるかどうかを認定しさえすればよいことになり、これはさほど困難ではなく、婚姻届のなされている配偶者の場合に比して特段の差を認めることができない。

以上のとおり、内縁の配偶者のある納税義務者に扶養控除を認めることに合理性があり、一方そうすることによつて、なんらかの不都合を生ずるおそれもないから、内縁の配偶者に扶養親族と同じ取扱いを認めるべしとする原告の主張は一応もつともである。

ところで、所得税法第八条第一項によると「この法律において扶養親族とは、納税義務者と生計を一にする配偶者その他の親族・・・をいう」と規定せられているから、扶養控除を受けることができるのは配偶者その他の親族を扶養している場合であるといえる。そしておよそわが法体系上、ある法律分野における法律用語は他の分野においても同一意味を有するのが原則であるから、ある法律で単に「配偶者」及び「親族」と規定している場合には民法上の配偶者(すなわち婚姻届をした配偶者)及び親族を指称するものと解すべきである。又民法以外の法律分野において、法律上の配偶者のみならず、いわゆる内縁の配偶者をも問題とする場合には、配偶者(届出をしないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む)等の表現により、その旨を規定しているのが通常である(たとえば、健康保険法第一条第二項、日雇労働者健康保険法第三条第二項、国民年金法第五条第三項、厚生年金保険法第三条第二項、国家公務員災害補償法第一六条第一項、一般職の職員の給与に関する法律第一一条第二項第一号、国家公務員共済組合法第二条第一項、市町村職員共済組合法第一六条、優生保護法第三条第一項、国税徴収法第七五条第一項等)。右の如き表現によつていない恩給法第七二条の遺族中には内縁の配偶者は包含せられないものと解せられ、そのように取扱われてきた。してみれば、所得税法第八条第一頂では単に「配偶者」と規定しているに過ぎなく、内縁の配偶者を含ましめることがうかがえるような特別の表現が用いられていないから、同法では内縁の配偶者を扶養親族に含めしめていないと解せざるをえない。

以上要するに当裁判所の判断は次のとおりである。扶養控除の制度の趣旨からすれば、法律上の配偶者と内縁のそれとを区別すべきいわれはないように思われる。しかしながら、現行所得税法の解釈上では内縁の配偶者を扶養控除の対象としているものということができない。従つて、本件所得税額の決定については、訴外中丸義昭の内縁の妻を所得税法第八条にいう配偶者として扶養控除をすべきではない。

しからば、右と同一見解の下に被告のした本件決定に違法はないから、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田覚郎 中村三郎 神田忠治)

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